IT導入補助金で発覚した大規模な不正受給問題。なぜこのような事態が起きたのか?本記事では、中小企業診断士として補助金申請支援も多く行ってきた筆者が、制度の問題点と今後の対策について解説します。
IT導入補助金の不正受給について
IT導入補助金は、中小企業のデジタル化を支援するための制度で、企業がITツールを導入する際の費用の一部を国が補助するものです。
ところが、この制度を悪用した大規模な不正が行われていたのです。
「実質無料でIT化できます!」―― このような甘い誘いの裏で、実は巧妙な不正スキームが動いていました。現在判明しているだけでも、被害総額は推定100億円を超えると言われているようです。
ある製造業の事例では、通常150万円程度のシステムが400万円と水増し申請され、その差額が様々な形でキックバックされていました。より深刻なのは、このような不正が組織的に行われていた点です。ある調査では、不正に関与したベンダーの8割が、同様の手法を複数の企業に対して行っていたことが明らかになっています。
被害額は現時点で判明しているだけでも数十億円規模。会計検査院は「これは氷山の一角」と指摘しており、実際の被害規模はさらに大きい可能性があります。
制度設計の3つの盲点
では、なぜこれほどの規模で不正が可能だったのでしょうか?
私は制度設計に3つの重大な盲点があったと考えています。
①ベンダー主導の申請プロセス
最大の問題は、補助金申請の主導権がITベンダー側にあったことです。本来、中小企業のデジタル化を支援する立場のベンダーが、逆に不正のキープレイヤーとなってしまいました。
IT導入に不慣れな中小企業は、ベンダーの提案を鵜呑みにせざるを得ない立場にあります。「実質無料」という甘い誘いに、疑問を持たずについていってしまったケースも少なくないでしょう。
②監督体制の形骸化
次に大きな問題は、監督機関であるサービスデザイン推進協議会の機能不全です。79社もの不正疑惑ベンダーをリストアップしながら、実効性のある調査を行わなかったことは大きな課題です。
特に、コロナ禍を理由に立入調査を回避し続けたことは、デジタル時代の監査のあり方として疑問が残ります。オンラインツールを活用した代替的な監査手法の確立こそ、求められていたはずです。
③成果検証の不足
3つ目の盲点は、補助金による支援の「成果」を適切に検証する仕組みが欠けていたことです。導入したITツールが実際に活用され、企業の生産性向上に貢献しているのか。こうした観点での検証が不十分だったため、形式的な導入に終わるケースが多いことでしょう。
構造的な課題
この問題の本質は、単なる不正事案として片付けられるものではありません。より深い構造的な課題が存在しているのです。
インセンティブ設計の歪み
現行制度では、ベンダーと導入企業の双方に、不正を誘発するインセンティブが働いてしまう構造になっています。ベンダーにとっては売上の水増しが、導入企業にとってはキックバックという「うまみ」が生まれてしまうのです。
デジタル化支援の本質的な難しさ
また、中小企業のデジタル化支援という課題自体の難しさも見過ごせません。単にITツールを導入すれば生産性が向上する、というものではありません。企業の実態に合った導入計画と、継続的な活用支援が不可欠なのです。
中小企業の実態との乖離
さらに、制度設計が中小企業の実態と乖離していた点も指摘できます。例えば、福岡市の美容関連企業の事例では、経営者自身が「事業運営に困っていた」と証言しています。本来の「生産性向上のためのIT導入」という目的が、単なる資金調達の手段として扱われてしまった実態が浮かび上がります。
申請前に中小企業が行わなければならないこと
IT導入補助金に限らず、補助金を活用しようとする企業は、具体的に何をすべきなのでしょうか。
「専門家任せ」にしない、自分で理解する
「ITや補助金のことはよく分からないから」と、すべてを専門家に任せてしまうのは危険です。
確かに、技術的な詳細まで理解する必要はありませんが、制度の基本的な仕組みや、自社にとってのメリット・デメリットは、経営者自身が理解する必要があります。特に、補助金申請では、公募要領と言われる申請要件がまとめられた資料がありますので、必ず一読してください。
少なくとも、補助金制度を理解してもらうために、30分程度の個別対応、1時間程度のセミナー受講が必要であると考えています。
お金を目的としない姿勢を
補助金額の大きさに目を奪われ、本来の目的を見失ってはいけません。IT導入補助金は、あくまでも「生産性向上」という経営課題を解決するための手段です。お金を得ることが目的化すると、判断を誤る原因となります。
大阪のある製造業では、「補助金が使えるから」という理由だけで高額なシステムを導入しましたが、結果として社員が使いこなせず、経営改善には全くつながりませんでした。まずは自社の課題を明確にし、その解決のために補助金を活用する、という順序を守ることが重要です。
「甘い話」への警戒を
ビジネスの世界で、「実質無料」「自己負担ゼロ」といった甘い話が本当にあるでしょうか。これまでの不正事例のほとんどが、このような「うまい話」から始まっています。
見かけの初期費用が安くても、保守費用が割高だったり、解約時に高額な違約金が設定されていたりするケースが少なくありません。「この話が本当だとしたら、相手は何でそこまでするのか?」という視点で、冷静に判断することが大切です。
第三者専門機関を積極的に活用する
補助金の申請や、IT導入に関する相談は、最寄りの商工会議所や自治体の商工相談窓口を積極的に活用してください。これらの機関は中立的な立場から、無料でアドバイスを提供してくれます。
例えば、商工会議所には経営指導員が常駐しており、補助金申請のアドバイスだけでなく、IT導入の成功事例なども提供してくれます。また、自治体の商工相談窓口では、地域の実情に詳しい専門家による相談も可能です。
私自身も、商工会議所の専門家派遣や商工相談窓口の窓口相談員を担当しています。クライアントの多くも、これらの支援機関を上手く活用するようにアドバイスをしています。
「専門家への相談は敷居が高い」と考えがちですが、実際には親身になって相談に乗ってくれる心強い味方です。特に、次のような場合には、必ず相談することをお勧めします:
- IT導入の検討を始める前の事前相談
- ベンダーからの提案内容の妥当性確認
- 申請書類の作成方法についての相談
- 導入後のトラブルや疑問点の相談
IT導入補助金の不正問題は、制度設計の問題点を浮き彫りにすると同時に、中小企業のデジタル化支援の難しさも示しました。しかし、この問題を教訓として、今後はより実効性の高い支援制度が構築されることを期待します。