2023年の中小企業倒産件数は8,690件で前年比35%増、2024年上半期(1月〜6月)だけでも4,887件を記録し、年間1万件を超える見込みです。
特に美容室やヘアサロンの倒産状況は深刻で、2024年1月から8月までの美容室の倒産件数は139件。前年同期比で約1.5倍という衝撃的な数字です。さらに、約4割のサロン経営が赤字という厳しい現実も見えてきました。
中小企業の倒産増加の主な要因は、物価高による原材料費の上昇、深刻な人手不足、そしてコロナ融資の返済難です。特に、コロナ禍で借り入れたゼロゼロ融資の返済ができず、返済ができない状況では、新たな借り入れもできないため、資金繰りに苦難しています。
美容室の倒産が急増している3つの理由
1. 美容室業界の環境激変
サロン経営を取り巻く競争環境が、かつてないほど厳しさを増しています。まず目立つのが、新規参入の増加による競争の激化です。厚生労働省の「衛生行政報告例」によると、令和4年度の美容所数は26万9,889店にまで増加し、前年比2.1%増と過去10年で最大の伸びを記録しました。これは、新規参入が加速度的に増えていることを示しています。
特に注目すべきは、開業形態の多様化です。
近年では、シェアサロンという新しい形態が急速に広がっています。これは、美容室のスペースを複数のフリーランス美容師で共有する形式で、開業コストを大幅に抑えられることから、若手美容師を中心に人気を集めています。
また、サブスクリプション型の美容室も増加傾向にあります。月額定額制で利用できるサービスは、顧客にとって利便性が高い一方、既存の美容室の収益モデルを脅かす存在となっています。さらに、高齢化社会を背景に、訪問美容サービスへの参入も活発化。自宅や介護施設への出張サービスは、新たな市場として注目を集めています。
このように、業態の多様化が進むことで、従来型の美容室は複数の方向から競争圧力にさらされているのです。
2. サロン経営基盤の脆弱性
多くの美容室経営者が、経営基盤の弱さという課題を抱えています。
過小資本での開業が多く、予想以上の支出や売上の変動に対する耐性が低いのです。また、優れた技術を持つ美容師でも、サロン運営の知識やスキルが不足しているケースが少なくありません。
大差のないサービスを提供していては、近隣店舗との価格競争に陥り、健全な美容室運営が難しくなります。また、コロナ関連の支援策が終了し、融資の返済が始まったことで美容室の資金繰りが悪化しています。
特に深刻なのが人材不足です。美容師の総数は増加傾向にあるものの、美容室の増加ペースに追いついていません。その結果、人材の獲得競争が激化し、人件費の上昇や、必要な人員を確保できない、店舗設備に比べて人員が少ない店舗が目立ち、家賃比率が高まっている傾向があると感じています。
3. 外部環境による経営圧迫
美容商材や光熱費などのコスト上昇も経営を圧迫しています。特に、シャンプーや染料などの原材料高騰、電気代などの光熱費も上昇の影響を直接受けており、利益率の低下につながっています。にもかかわらず、値上げは難しい状況が続いています。
さらに、消費者の価値観やニーズも大きく変化しています。在宅勤務やテレワークの浸透により、ヘアスタイルの簡素化志向や、セルフケア製品の普及により、来店頻度が低下するケースも見られます。また、SNSの影響力増大により、顧客の美容室選びの基準も変化。インスタグラムなどでの見栄えの良さや、オンライン予約の利便性なども、選択の重要な要素となっています。
美容室経営を成功に導く具体的戦略
1. サロン経営の差別化戦略
競争が激化する美容室業界で生き残るには、他店との明確な差別化が不可欠です。
ただし、「差別化」と言っても、やみくもに独自性を追求すればよいというわけではありません。重要なのは、お客様のニーズに応える形で独自の価値を生み出すことです。
例えば、育毛や頭皮ケアに特化したメニューの開発は、加齢による髪の悩みを抱える方々に強く支持されています。特に40代以上の男性客層では、カット以外にも育毛ケアを定期的に受けたいというニーズが高まっています。ここに着目し、ヘアケアとともに頭皮環境の改善にフォーカスしたメニューを展開することで、独自のポジションを確立できます。
また、時間帯による特化も効果的な戦略です。早朝からオープンして通勤前のビジネスパーソンをターゲットにしたり、逆に夜遅くまで営業して帰宅後の利用を可能にしたりすることで、新たな顧客層を開拓できます。働く女性向けに朝7時からのオープンで成功している美容室や、22時まで営業して夜勤明けの医療従事者から支持を得ているサロンなど、実例も増えています。
価格戦略も差別化の重要な要素です。
ただし、単純な値下げ競争は避けるべきでしょう。代わりに、例えば3ヶ月間の髪質改善プログラムを開発し、通常メニューよりも高額だが確実な効果を実感できる高付加価値サービスを提供する。あるいは、月額定額制の会員サービスを導入し、安定的な収益基盤を構築する。このように、価格と価値のバランスを重視した戦略が求められます。
2. 美容室運営の収益改善
収益改善は経営の永遠のテーマです。特に現在のように原材料費や人件費が上昇している環境下では、きめ細かな収益管理が欠かせません。
まず着手すべきは、固定費の見直しです。
家賃(物件)を大きく変えることは難しいですが、家賃交渉は可能です。家賃は収益を大きく左右する要素ですが、必ずしも一等地である必要はありません。実際、裏通りに店舗を構えながら、優れたサービスとSNS活用で人気を集めているサロンも少なくありません。開業される方は、空き物件がない、などの理由から焦って物件を決めてしまう方も多く見受けられます。家賃は収益に大きく影響しますので、特に注意することが必要です。
また、使用頻度の低い機材のリース契約の見直しなど、細かな支出も定期的にチェックする習慣をつけましょう。
在庫管理も重要なポイントです。シャンプーや染料などの在庫は、必要以上に持ちすぎると資金を圧迫します。発注のタイミングと数量を最適化し、ムダな在庫を持たない仕組みづくりが必要です。また、使用量の管理を徹底することで、製品の無駄遣いも防げます。
安定経営の要となるのが、十分な運転資金の確保です。美容室の売上は季節変動が大きく、また予期せぬ支出も発生します。そのため、最低でも3ヶ月分の運転資金は常に確保しておくことをお勧めします。また、資金繰り表を作成して将来の収支を予測し、必要に応じて早めに資金調達を検討することも大切です。
3. 美容室スタッフの育成強化
近年は、人材の退職があって、同じ人数を確保できずにいる美容室が圧倒的に多いと感じています。設備過剰(スタッフ数に対して、物件が広すぎる。セット面などの数が多く、満席にならない)によって、固定費の割合が大きくなり、利益も出せない、資金繰りも苦しくなる、という負の循環に陥ってしまっています。
そのため、フリーランス美容師への面貸し、業務委託などのスタッフを増やして、売上確保に努める美容室も増加傾向にあります。
人材こそが、美容室の最大の資産です。
優れたスタッフの存在は、サロンの価値を大きく高めます。しかし、ただ技術指導を行うだけでは、真の人材育成とは言えません。
重要なのは、技術面だけでなく、接客力やコミュニケーション能力の向上も含めた総合的な育成プログラムの確立です。例えば、新人スタッフには技術研修と並行して、お客様との会話の仕方や、カウンセリングの進め方なども体系的に指導していきます。
また、スタッフのモチベーション維持には、明確なキャリアパスの提示が効果的です。入社後何年でどのレベルに達し、どのような役割を担当できるようになるのか。そして、それに応じてどのように待遇が改善されていくのか。こうした見通しを示すことで、スタッフの定着率も向上します。
福利厚生の充実も欠かせません。今や社会保険完備は当然のことで、休暇の取得しやすさや研修費用の補助など、待遇面でもスタッフが安心して働ける環境を整えましょう。これは人材の採用面でも大きなアピールポイントとなります。
長期間、働いてもらえるような環境づくりを心がけましょう。
4. 美容室の集客力強化
安定した経営を実現するには、強固な顧客基盤の構築が不可欠です。
特に重要なのが、リピーター獲得の仕組みづくりです。
顧客管理には、単なる来店履歴の記録だけでなく、お客様一人一人の好みや要望、過去の施術内容などを詳細に記録し、次回の接客に活かすことが重要です。また、来店頻度に応じたポイント制度や、誕生月の特典など、お客様に喜ばれる特典制度も効果的です。
SNSの活用も、現代の美容室経営には欠かせません。
特にインスタグラムは、ビジュアルを重視する美容業界との相性が抜群です。ただし、単に施術例を投稿するだけでなく、スタッフの人柄や店舗の雰囲気が伝わる投稿も交えることで、サロンのファンを増やすことができます。SNS活用では、バズることが必要なのではなく、小さいコミュニティ形成を目指しましょう。
また、新規客獲得には、ホットペッパービューティーなどのオンライン予約システムの効果的な活用も必須でしょう。しかし、クーポン目当てで利用されるケースも多く、リピートされるために来店後のサービスに注力することが大事です。
まとめ
美容室業界は確かに厳しい状況にありますが、だからこそチャンスでもあります。競合が淘汰される中、生き残ったサロンはより強い経営基盤を築くことができます。
経営難を乗り越えるためには、現状を正確に把握し、具体的な行動を起こすことが重要です。環境は変化しているため、古いお店であっても変化が求められます。サロン経営の成功には、経営者としての意識改革と、スタッフ一丸となった取り組みに着手しましょう。